このブログは携帯でも見れます。
東電、原発運転再開の了解求める 柏崎刈羽7号機
新潟県の森邦雄副知事(左端)に、原発の運転再開を申し入れる東京電力の
武黒一郎副社長(右)=19日午後、新潟県庁 平成19年7月の新潟県中越沖
地震で被災し、運転停止中の東京電力柏崎刈羽原発(柏崎市、刈羽村)で
点検復旧作業が完了した7号機の起動を国が了承したのを受け、東電の
武黒一郎副社長らが19日、安全協定を結んでいる新潟県、柏崎市、刈羽村を
訪ね、運転再開の事前了解を初めて要請した。 (産経2009.2.19 21:13)
およそ80年前から東京の近代化に伴い電気供給の地として水資源の豊富な
新潟県の信濃川や阿賀野川に水力発電所が建設され始められました。
この電源開発の流れが新潟県に原子力発電所を建設する背景となっており
柏崎刈羽に原発建設の計画が発表されたのは1969年です。
この時から住民の反対運動も展開されていくのですが
原発マネーの力によって
押さえ込まれてしまいました。
利権がらみの点においては産業廃棄物の問題と原発の構造は同じで、
地域や地元住民は様々な利権集団に環境や未来を奪われています。新潟県は豊富な水資源を奪われ、原発を置くことで未来も奪われてしまいました。
新潟だけでなく原発のある地域やその周辺の地域も不安を抱えて生活を送っている
はずです。安全・安心よりも利益や効率性を優先することのツケはいつか
支払わなければなりません。
2004年10月23日の夕方、新潟県中越地震が発生しました。
私は、発生前に会社の建屋から駐車場に向かう途中で空に今まで見たことの無い
帯状の雲があるのを見つけ、一緒に歩いていた同僚に
地震雲の説明をしたのですが
笑って相手にされませんでした。家に帰るとニュースで地震が報道されて
いて新潟で地震が発生したことを知りました。
この時の地震では原子炉の緊急停止があり人的被害は軽微でしたが、地元住民
の賛成反対にかかわらず原発の耐震性について不安の声が挙がってきました。
地震だけでなく、身近に原発があることの恐怖を身を持って体験した為です。
人はそうせざるを得なくなった時に行動するのです。
そして、最近の浅間山の噴火や桜島の警戒レベルの情報からみても
日本は地
震活動の静穏期から活動期に入ったと考えられます。
地震を期にチェルノブイリのような事故が発生すれば不幸の連鎖の始まりです。
終戦末期に広島・長崎に原子爆弾が投下され多くの犠牲者がでました。
さらに、戦地や大陸から引き上げてきた人々が、(新型爆弾の為)生まれ故郷に帰れず
不慣れな地域で苦しい生活を送ってきた過去も忘れてはいけません。
この史実は未来を生きる私達に
不幸にならない方法を教えてくれたはずです。おすすめ
連山改コラム 幸せになろう一時期、石油価格の高騰により原子力発電の優位性が語られる機会が増えましたが
水素文明の到来はこの両方の呪縛から私達を解き放ってくれることでしょう。
コスト的に見ても
水素の方が安いそ(水素)うです。
関連ページ
『柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会』柏崎刈羽原子力発電所プルサーマルを考える柏崎刈羽市民ネットワーク
すでに
「秋月便り」 で『連山』コラムニスト
橋前勇悟氏による
「3月危機スペシャル」 が始まりましたよ。読まないと後悔するよ〜。
応援クリック ここを押してね! →ありがとう!
theme : 政治・時事問題
genre : 政治・経済