「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」は
織田信長の性格を歌っている。その信長公の安土城は天正7年(1579年)に造った日本で初めて
天守閣を持つ城。また、世界で初めての木造高層建築でもあった。

昔は拝観料は無かったが、現在は大人¥|500 小人¥100となっていた。

入り口に拝観者の為の
杖が置かれている。必要も無いが、子供が持ちたがるので1本持参した。すぐに飽きて私に渡されそうで嫌な気がした。

天守閣跡地まで
405段、たいした段数ではないが角度がきつい。大手道はまだ緩やかだ。

石段に
石仏が彫ってある。(写真真ん中/右上)
大手道の終わり付近、振り返るとかなりの高さまで登ってきたことが分かる。

あぁ、もうすぐ
天守閣跡地だ。

天守閣跡地からの眺望。
四方を干拓により陸となっているが、当時は琵琶湖の内湖に囲まれ南方だけが開かれていた。

降りに入る、途中にある
三重塔。

ここからの風景は絶景だ。写真では分かりにくい。

あと少しで安土城跡地の出入り口に着く。
杖があって良かった、子供に感謝しなければ。

近くの
安土城考古博物館へ移動。
第一常設展示は瓢箪山古墳竪穴式石室の実物大復元模型や銅鐸。
第二常設展示は安土城と信長の謎に迫る。

企画展示室では
信楽焼きを展示していた。
印象に残ったのは、信楽焼きの
手りゅう弾や
地雷。

やっとお昼。
同館1Fの食堂で「
近江黒毛和牛の釜揚げうどん」を食べた、お勧めのメニュー。

隣の
「信長の館」へ徒歩で移動。1992年の「スペイン・セビリア万国博覧会」の日本館の展示として忠実に復元された安土城5,6階部分が展示してある。

絢爛豪華の安土城の天守閣。築城3年後の1582年に焼失、原因は織田信雄(おだのぶかつ)が誤って焼き払ったという説、敗走する明智軍による放火という説などあり現在に至っても分かっていない


天主5階部分は
仏教の世界観による
理想郷を象徴している。宇宙空間を表す
八角形の空間。この形はどこかで見たことある、さてどこだったか。
籠目紋による太極(虚数反転)2009年の貴方の運勢
天主6階部分は
正方形をしており、伏義・神農図、孔子図、老子図などが描かれている。
安土城は敵の進入を防ぐ為の隔壁や内門が少なく、軍事用の城ではない。大手道の写真にあるように曲がり角や門が少なく天守閣へと直結している。信長はこの城を戦だけの為に造ってはいないようだ。安土城天主内の天井、壁画には
仏教、
道教、
儒教を題材とした絵画を使用している。織田信長は日本古来から続く
神道から
西洋文化に至るまで、多文化の融合を試みていたのだろうか。
冷酷で残虐で戦好きのイメージを持つ信長であるが、反面、平和な世界を望んでいた印象を受けた。そして、天守閣に見られるように
宇宙の真理を理解していた彼は、自分こそが国内の安定を成し遂げられると知っていたのだろう。彼は戦い、そして戦いの中で死んだ。
しかし、
平安楽土、信長の夢は今もこの地に刻まれている。
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